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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)259号 判決 1962年12月24日

控訴人(原告) 花巻温泉株式会社

被控訴人(被告) 国 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。(一)被控訴人金敬芳は、控訴人に対し、花巻市松園町五九七番畑一町一反八畝三歩、同町五九八番畑八反五畝二九歩、同町六〇〇番原野九畝一一歩につきそれぞれ盛岡地方法務局花巻支局昭和二五年七月二五日受付第二、七六八号を以てなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。(二)被控訴人佐々木宇志三は、控訴人に対し、右五九七番畑につき同支局昭和三一年二月二四日受付第九四二号を以てなされた順位第二番の抵当権設定登記および右六〇〇番原野につき同支局昭和三〇年一一月二八日受付第四、〇三七号を以てなされた抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。(三)被控訴人阿部周蔵は、控訴人に対し、右五九七番畑につき同支局昭和三一年二月二四日受付第九四〇号を以てなされた順位第一番の抵当権設定登記(同支局同年五月二九日受付第二、七四八号附記登記により順位第三番に変更)及び同支局同年六月二九日受付第三、三一〇号を以てなされた抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。(四)被控訴人岩崎清一郎は、控訴人に対し、右五九八番畑につき同支局昭和三〇年一二月二一日受付第四、四六三号を以てなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。(五)被控訴人国は、控訴人に対し、昭和二五年七月二五日自作農創設特別措置登記令第一四条の規定により同支局登記番号第二一、五七九号を以て岩手県稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇のロ号原野六反四畝歩についてなされた登記用紙の閉鎖、及び同支局登記番号第二一、五八〇号を以て同上六四番の一二のロ号原野一町二反一畝歩についてなされた登記用紙の閉鎖の回復手続をしたうえ、右各土地につき同支局同日受付第二、七六六号を以てなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実並びに法律上の主張、証拠の関係は、次に記載するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。控訴代理人において

一、原判決(事実摘示六項)記載の確定判決の効力として、控訴人の被控訴人等に対する本訴請求は、当然に、理由あるものとして認容されなければならない。

けだし、右判決は本件土地買収処分の無効を確定したものである。

そうして

(一)  右判決の効力は、次のとおり、被控訴人らに及ぶものである。したがつて、被控訴人らは右判決に反し、本件土地の買収処分を有効としこれを前提として権利を取得したことを主張し得ないはずである。

(1)  右判決はその内容たる公法関係の特殊性に基き対世的効力を有するものである。それは、旧憲法下の公売処分取消に関する行政裁判所の判決につき大審院が「行政訴訟ハ公法上ノ法律関係ニ属スル事件ニ付テノ訴訟ナレハ公法関係ノ性質上行政訴訟ノ判決ハ単ニ訴訟当事者ヲ拘束スルニ止マラス其ノ事件ノ利害ニ関係アル総テノ第三者ニ対シ該行政訴訟ニ加ハリタルト否トヲ問ハス其ノ効力ヲ及ホスモノト解スルヲ妥当トス」と判決し(昭和一五・六・一九民集一九巻一三号九九九頁)、学説も亦この結論を支持し、現行憲法下においても、仙台高等裁判所は本件と同様な事案につき農地買収無効確認判決が第三者にも効力を及ぼす旨判示している(昭二六年四月三〇日判決行政事件裁判例集二巻七号九六七頁)とおりである。

(2)  のみならず、行政処分無効確認訴訟は、形式的には確認訴訟であるが、その実質は行政処分の無効の宣言を求め、違法にして表見的に存在する行政処分の除去を求めるものであるから、抗告訴訟と同様形成訴訟である。

そうして、形成訴訟制度は、その形成の効果を確定的且劃一的に生じさせようとするものであるから、その請求を認容した判決は、その確定により当該行政処分の効力を失わしめる形成力を有し、右形成力は、その性質上当然に当事者以外の第三者に及ぶと解すべきである。けだし、法は、重大な法律状態の変動を企図する場合、その変動を明確にしあらゆる関係において劃一的に取扱う必要上、私人の形成行為によつて直ちに法律状態の変動を生ずるものとせず、正当な当事者間において形成要件を確定し形成を宣言する判決が確定したとき始めて形成の効果を生ずるものとしており、正当な当事者間で形成要件が確定されることを要求すると共に、右判決が確定したときは、その存在のみに法律状態の変動を結びつけるもので、その法律状態の変動は既判力に基くものではないから、その効果は当事者間に限らず何人に対する関係においても発生する。それ故、実体法においても、形成判決の効力が第三者に及ぶ旨の規定を設けている(人訴法一八条・二六条・三二条、特許法一一七条、商法一〇九条・一三六条二項・二五二条等)。しかし、形成訴訟の前記性質にかんがみるときは、右の様な規定の有無にかゝわらず、その判決の効力は当然に第三者に及ぶのであつて、特に公法関係において多数人を劃一的に規律する必要のある選挙訴訟、当選訴訟の判決については固より、行政処分取消ないし無効確認判決についても法律関係を統一的劃一的に規律するため同様に解すべきである。

(二)  かりに右判決の形成力が被控訴人金らに当然には及ばないとしても、行政処分が司法審査に服する法制下にあつては、行政処分の効力は解除条件附ともいうべく、右行政処分を前提として権利を取得した第三者は、その法律行為の内容において、実体法上前示行政処分が判決によつて取消され無効とされないことを条件として権利を取得したものというべきであるから、行政処分の取消又は無効確認判決の確定なる条件の成就により当然に右権利取得行為の失効、その権利の消滅を受忍しなければならない。

被控訴人金らは、本件土地買収処分の有効を前提とし、その取消ないし無効確認の判決の確定を解除条件としてその主張の権利取得の行為をしたものであるから、右処分の無効確認判決の確定なる解除条件の成就により右権利取得行為は失効し、したがつて、原告の本訴請求に応じなければならないものである。

二、本件土地の買収は無効である。

(一)  本件土地は、昭和一九年春頃当時の花巻町外宮野目村等隣接町村の各学校の生徒を動員し、開墾して畑としたもので、買収当時は一見明白な農地であつたものである。しかるに、これを前記のとおり未墾地として買収したのであるから、本件土地の買収には重大明白な瑕疵があつて無効である。

(二)  そうでないとしても、買収の対象が不特定である。

(1)  未墾地買収処分においては、その内容を買収令書及び関係書類に明示しなければならない。

しかるに、本件買収が如何なる土地について行われたか買収令書及び関係書類を以てしては特定し得ない。右買収令書には実測図面の添付がなく、被控訴人らが実測図面に基き作成したと称する乙第一〇号証も単なる略図的のもので、縮尺は勿論、各測点間の距離の記載もなく、岩手県稗貫郡花巻町大字花巻第一五地割六四番の一と同上六四番の二の表示されているものに分筆線を引いたものにすぎない。当時既に右六四番の一は同番の一と一〇に、右六四番の二は同番の二と一二に分筆されていたものであるにもかかわらず、右図面には右各地番、境界線の記入もなく、果してどの地番のどの部分を買収したか不明確である。

(2)  のみならず、本件土地は実地においても客観的に特定されていない。

買収土地を実地につき測定するには、先ず買収地域の地番と他地域の地番の境界を明らかにした上、買収すべき地番の土地の中から買収すべき範囲を実地に測定してその地積を算出しなければならない。そうでないとすれば、如何に実測して買収地域を定めても、それが買収令書に表示した地番以外の土地を含むやも知れず、その場合はその土地については買収処分の効力が発生しないとしても、事実上は実測地域全部が買収地域として処理され、果していずれの部分につき買収より除外すべきか明らかでないから、このような場合も買収地域が特定されたとは云えない。

本件の場合、原判決添付図面記載の1ないし8の各点を如何にして特定したか不明である。右各点は客観的に特定するに足る自然の物体が存在するわけでもなく、又基点から如何程の距離にある点として定められたか詳かでないし、また、右1ないし8を連ねる線と六四番の一と一〇、六四番の二と一二との境界の関係は明らかでなく、且つ、同図面イロ8イを連結する線で囲む地域は同上六四番の三(二八五、九五坪)であるが、これを買収地域に含むものと記載されている。のみならず、本件買収面積より売渡地域ならびに国保有地の実測面積が八反七歩(買収面積の四三%)多いのであり、右図面A道路とB道路の位置は移動していないのであるから、(但B道路イロの部分については争がある)、買収地域と野球場方面との境界線は、右図面1ないし8の連結線ではなく、これより更に東方に位した筈であるが、その位置は不明である。

三、被控訴人金ら主張の取得時効について。

(一)  被控訴人金ら主張の四の(一)の事実中被控訴人金がその主張の日時頃その主張の売渡通知書を受領したこと及び同人がその後本件土地を使用して来たことは認めるが、その余は否認する。

(二)  かりに、被控訴人金がその主張のとおりの占有を継続して来たとしても、同人主張の取得時効は昭和三一年七月二八日本訴の提起により中断されている。

本訴請求原因の要旨(被控訴人金に対する関係)は、岩手県知事のした本件土地の買収処分が無効である(この点は盛岡地方裁判所昭和二九年(行)第七号事件の判決により昭和三〇年六月二九日確定した。)ので、本件土地所有権は依然控訴人に属し、被控訴人国に移転せず、したがつて国の被控訴人金に対する売渡処分も無効に帰するので、同人も之を取得するいわれがないから、控訴人は本件土地所有権に基き同人に対しその保存登記の抹消を求めるもので、本件訴訟の争点の一が行政処分無効確認判決の効力にあるとしても、本件訴訟が民事訴訟であることに変りはなく民法一四七条所定の裁判上の請求に外ならない。したがつて時効中断の効果を認められるものである。

と陳述し、

国をのぞくその余の被控訴人ら代理人において

一、控訴人の一の主張はこれを争う。控訴人主張の判決の効力は右被控訴人らに及ばない。

(一)  右判決は、その本質が確認判決である。行政処分無効確認訴訟は、行政処分の効力自体を争う点において実質上抗告訴訟と同様の性質を有し、したがつて、行政事件訴訟特例法第三条、第七条が類推適用されるにすぎず、その請求を認容する判決は、依然として確認判決で形成判決ではないから、単に訴訟当事者間に効力を及ぼすにすぎない。従つて右判決の当事者でない右控訴人らにはその効力は及ばない。

(二)  かりに形成判決であるとしても、右判決には対世的効力はないものと信じる(兼子一論文法曹時報第三巻第九号参照)。

(三)  自作農創設特別措置法にもとずく農地等の買収処分と売渡処分とは、同一連鎖関係に立つもので、広義の一個の行政行為と目すべきものであるから、これに関する訴訟はいわゆる類似の必要的共同訴訟に該当する。しかるに右判決はこの点を看過した違法があるから、同判決の効力は国をのぞくその余の被控訴人らに及ぶものでない。

二、控訴人の二の主張事実を争う。

本件土地の買収処分には控訴人主張の瑕疵はない。かりにあつたとしても、右瑕疵は重大明白でなく軽微なものに過ぎないから、抗告訴訟によつて争い得る期間を徒過した今日右処分の効力は有効に確定している。したがつて、控訴人の右処分の無効を前提とする本訴請求は理由がない。

三、かりに、本件土地の買収処分が無効であるとしても、被控訴人金は、国から善意で本件土地の売渡を受け、被控訴人佐々木・阿部・岩崎らは、それぞれ善意で各抵当権の設定を受けたのであるから、民法九四条二項を準用し、控訴人は右買収処分の無効を被控訴人らに対抗し得ないものといわなければならない。

四、かりに、被控訴人金が売渡処分により本件土地の所有権を取得しなかつたとしても、

(一)  同人は、昭和二四年一二月五日右売渡処分の日から平穏公然に本件土地を占有し、其の占有の始善意無過失であつたから、昭和三四年一二月五日時効によつてその所有権を取得した。

(二)  控訴人主張の時効の中断の事実を否認する。本訴は実質上行政訴訟で民事訴訟でないから、民法一四七条所定の裁判上の請求にあたらない。

と陳述した。

(証拠省略)

理由

第一、控訴人の被控訴人ら全員に対する本訴各請求の関係

一、控訴人は、本訴において、控訴人主張の本件土地の買収処分を無効とする判決が確定したから被控訴人国はその所有権を取得するいわれはなく、右所有権は始めから控訴人に在り、従つて、また、被控訴人金は国から右土地の売渡処分を受けてもその所有権を取得し得ず、また、その余の被控訴人らは被控訴人金から右土地の上に本件抵当権の設定を受けても有効な抵当権を取得し得ない。よつて、控訴人は所有権に基き、被控訴人国に対しては、本件土地につき旧自創法、自作農創設特別措置登記令の規定によりなした登記用紙の閉鎖の回復手続をした上右買収処分を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなすべきことを命じる判決を求め、被控訴人金に対しては同法に基いてした政府売渡による右土地の所有権保存登記の抹消、その余の被控訴人らに対しては被控訴人金から右土地の上に設定を受けた各抵当権の設定登記の各抹消登記手続をなすべきことを命じる判決を求めるものである。

二、したがつて、控訴人は被控訴人ら全員に対して勝訴するのでなければ、実際上、訴の目的を完全には達し得ないであろう。しかし、控訴人の被控訴人らに対する各請求及び原因はそれぞれ独立し、いまだ以て、法律上、訴訟の目的が共同訴訟人の全員に合一にのみ確定すべき場合にはあたらないといわなければならない。

三、そこで、先ず、国を除くその余の被控訴人らに対する本訴請求を判断し、次に国に対する本訴請求を判断する。

第二、控訴人の国を除くその余の被控訴人等に対する請求の判断

一、控訴人主張の確定判決は国をのぞくその余の被控訴人らに如何なる効果を生ずるか。

(一)  右判決は、控訴人と岩手県知事間において、同知事が昭和二三年八月一五日附岩手に第一、三三九号買収令書をもつて、岩手県花巻市大字花巻第一五地割六四番の一〇原野九反五畝一八歩のうち六反四畝歩及び同上六四番の一二原野二町二反三畝七歩のうち一町二反一畝歩についてした買収処分の無効であることを確認するものである。

右判決の効力の及ぶ主観的範囲如何については、行政処分無効確認判決の本質如何とも関連し、考慮すべきところが多い。

(1) 右判決が一種の行政訴訟の判決と見るべきものであることは疑を容れない。ところで、行政訴訟は公法関係に属する事件についての訴訟ではあるが、そうだからといつて、行政訴訟の判決が当然に対世的効力があるということは、できない。判決の内容が公法関係に関するものであることと右判決の効力をどこまで及ぼすべきかの問題とは論理上必然の関係はない。旧行政裁判法三一条は「行政裁判所ハ訴訟審問中其事件ノ利害ニ関係アル第三者ヲ訴訟ニ加ハラシメ又ハ第三者ノ願ニ依リ訴訟ニ加ハルコトヲ許可スルヲ得、前項ノ場合ニ於テハ行政裁判所ノ判決ハ第三者ニ対シテモ亦其効力ヲ有ス」と明規していたのであつて、行政裁判所の判決であるが故に、第三者の参加なきにかゝわらず其効力が当然第三者に及ぶと解することは、右法条の明文に反し、許されないところであつたものといわなければならないのであつて、このことは、右の解釈について重要な参考資料たるべきものであることは明白である。控訴人挙示の判例は本件に適切でない。そして、当裁判所は、右確定判決が公法関係に関する判決であるからといつてその効力が当然に第三者に及ぶものとは解しない。

(2) 次に、行政処分無効確認判決が、確認判決であるか、形成判決であるか、によつて、その効力の主観的範囲に異なる帰結をもたらすであろうか。

確認判決の効力がその性質上当然に第三者に及ぶものでないことは疑のないところである。ゆえに、行政処分無効確認の判決が確認判決であるとするならば、その効力が当然に第三者に及ぶことはないこととなる。

思うに、行政処分に瑕疵がある場合、右瑕疵が軽微で取消されるまでは一応適法有効な処分として妥当せしめられる程度のもの(取消しうべき処分)と、その瑕疵が重大明白で取消を待つことなく始めから何等の効力をも生じないものとするのを相当とする程度のもの(無効な処分)とがあることは、これを承認すべきところと解する。

すなわち、無効な行政処分によつては、右処分の意図する権利関係の変動の発生しないことは勿論、右処分を前提として築かれた権利関係もその基礎を欠き、したがつて、本来何人も、何時でも、他の訴訟の前提問題としてでもその無効を主張し得るものといわなければならない。

ところで、無効な行政処分も、形式上はあたかも有効な行政処分であるかの如き外観を以て存在し、行政庁自身もその処分が有効であると主張している場合は、何時右処分の執行に出るかも知れず、またその処分を前提として他の処分がなされる可能性を有する。この場合に、右処分の執行をまち、または他の処分の行われた後に、現在の法律関係としてその存否の確認その他の救済を求めることが必しも可能でないこともありうべく、また可能であるとしてもそうしたのでは権利救済が十分でないこともあるであろうから、このような場合に、その表見的に存在する行政処分の無効を確定し、その表見的に存在することに伴う効力の除去を直接の目的とし、優越的地位においてなされた行政権の行為そのものの効力を争う訴訟を認める必要があり、これを認められるのが行政処分無効確認訴訟である。したがつて、それは抗告訴訟に準ずるもので、行政事件訴訟特例法の規定中これを準用されるものがあるといわなければならない。

しかしながら、行政処分無効確認訴訟を以て行政処分取消訴訟と全く同じく取扱うべきものであるとすることはできない。なぜなら、行政処分取消訴訟における請求認容の判決すなわち行政処分を取消す判決が本来軽微な瑕疵はあるが有効な行政処分をその瑕疵の故にその判決によつて始めて無効とする(取消す)のと異なり、本来重大明白な瑕疵があつて始めから効力を生じない処分をその瑕疵の故に始めから効力を生じていないことを確認するものであつて、これを無効の宣言というも無効の確認以外の何者でもない。すなわち、行政処分無効確認の判決は、確認判決の一種と解される。

仮りに、行政処分無効確認の判決が形成判決であるとしても、その性質上当然に対世的効力を有するものと速断することはできない。形成判決は、形成力を生ずるのがその特質である。ところで右判決の形成力の性質と右形成力が第三者に及ぶか否かとは論理上必然の関係はない。法律が形成判決について当事者に限つてこの効力を認めても、もとより、それを以て背理とすることはできない。形成力を第三者にも及ぼすことを妥当必要とするものについては、法律はその旨を規定するのを通常とし(例えば人訴法一八条・二六条・三二条・商法一〇九条・一三六条三項・二五二条・二五三条三項等)、その旨の規定あるが故に、その効力は第三者に及ぶのである。形成力を第三者にも及ぼすことを妥当必要としないものについては、法律はその旨の規定をしないことがあり(例えば民法四二四条)、その旨の規定がなければ、その効力は第三者に及ばないとするのが相当である。形成力を第三者にも及ぼすことを妥当必要とするものについても、法律がその旨の規定をしていなければ、立法上その必要があるというだけでは、当然にその効力が第三者に及ぶものとすることはできない。これを行政処分取消の判決について見るに、その効力(形成力)を第三者に及ぼすことが必要であり妥当であることが認められないではない。けだし、行政処分はその性質上対世的劃一的にその効力を決定されることが望ましく、且、右取消の訴が訴願前置及び短期の出訴期間の制限に服する限り右処分を前提として権利関係が築かれて後その処分が取消されるおそれは比較的少く、処分取消の効力を第三者に及ぼすものとしても第三者がこれによつて法律上影響を受けることは比較的少いであろうからである。しかし、行政事件訴訟特例法は、これについて特別の規定をすることなく、行政事件訴訟法にいたつて、はじめて、処分又は裁決を取消す判決は、第三者に対しても効力を有する旨を規定するにいたつた。しかし、行政処分無効確認判決については、その効力を第三者に及ぼすことには疑がある。けだし、この訴は取消の訴の服する前記の出訴期間の制限に服しないのである。したがつて、行政処分の後すでに長年月を経過し第三者が右処分を前提として幾多の法律関係を構築した後において、突如として右処分当事者間に右処分無効確認判決が確定しその効力が当然に第三者に及ぶものとするときは、これに対し深甚の影響を及ぼす虞があつて決して妥当ではないからである。かゝる場合は、むしろ、右判決の効力は、当然には、第三者に及ばず、第三者が右訴訟に参加して始めてこれに効力を及ぼし得るものとするのが妥当であろう。行政事件訴訟特例法はこれにつき何等特別の規定をおかず、行政事件訴訟法も亦そうである(同法第三六条、第三八条第三項参照)。したがつて、行政処分無効確認判決が形成判決であるとしても、対世的効力はなく、前記確定判決が、形成判決であるからといつて当然に被控訴人金らに対しその効力を及ぼすものではないといわなければならない。

したがつて、被控訴人金等主張の一、(三)、の見解の当否を判断するまでもなく、本件確定判決の効力が当然に同人等に及ぶものとする控訴人の主張は採用することができない。

(二)  控訴人は右確定判決の効力が当然には被控訴人金らに及ばないとしても、同人等は本件土地買収処分の取消ないし無効確認の判決の確定を解除条件としてその主張の権利取得の行為をしたものであるから、右処分の無効確認判決の確定という解除条件の成就によりその権利取得行為は失効し、これによつてその権利を取得するにいたらなかつたものであると主張するが、自創法により土地の売渡を受ける者又はその者から権利を取得する者が、特別の行為をまたず当然に、右土地の買収処分の取消ないし無効確認の判決の確定を解除条件としてその売渡を受けないし権利を取得したものとすることができないのは勿論であり、被控訴人金等が特に本件土地の買収処分の取消ないし無効確認の判決の確定を解除条件として本件土地の売渡を受けないしその権利取得行為をしたことを認めるに足る何等の証拠もないから、控訴人のこの主張も到底採用し得ない。

二、次に本件買収処分が控訴人主張のとおり無効であるか否かを判断する。

(一)  控訴人は、本件各土地は本件買収当時一見明白な畑であつたにかゝわらず、これを未墾地として買収したのであるから本件買収処分には重大明白な瑕疵があり無効であると主張し、甲第七号証の二には右主張前段の事実にそうような供述の記載があり、原審証人北田裕司・当審証人阿部作兵ヱ・小田中信吉の各証言中にもこれにそうような部分があるが、それらはいずれも後記各証拠と対比してにわかに措信し難い。もつとも、当審証人晴山吉郎の証言によると、昭和一九年頃学徒動員で当時同人が校長をしていた岩手県稗貫郡太田村国民学校生徒八五名程が当時原野であつた本件土地中六〇〇坪ほどを開墾し、蕎麦と小豆をまきつけたこと、他の学校の生徒もその附近を開墾したこと、右国民学校生徒が開墾まき付けをしたのは同年五月三日の一日だけであつたこと、その収穫は小豆二升で蕎麦は皆無であつたこと、が認められ、成立に争いのない乙第五、六号証の各二、原審証人高橋昭四郎(第一回)・山口広助・原審(二回)ならびに当審証人阿部輝一の各証言、原審ならびに当審における被控訴人金敬芳本人尋問の各結果をそう合すると、本件土地は、戦時中学徒動員で一部開墾されたことがあつたがその部分もその後荒され再び原野となり、本件買収当時はわずか一部に畑のこん跡をとゞめた程度で、小松などの少し生えた草原状をなしていたものであることを認めることができ、ほかに控訴人主張の右事実を認めるに足る証拠はない。よつて控訴人の右主張は理由がない。

(二)  次に控訴人は本件買収処分はその対象となるべき土地の範囲が特定されないという重大な瑕疵があり、その瑕疵は明白であるから当然無効であると主張するが、この点に関する当裁判所の判断は次のとおり附加するほか原判決の理由に記載するところ(たゞし、成立に争のない甲第一一号証乙第四号証とある部分を除く)と同一であるからこれを引用する。

(1) 成立に争のない乙第五、六号証の各一、二、原審(二回)ならびに当審証人阿部輝一、同高橋昭四郎、原審証人伊藤剛、山口広助の各証言、原審ならびに当審における被控訴人金敬芳の供述、および原審ならびに当審検証の各結果を総合すると、本件土地は、東北本線花巻駅北西約二粁の場所にある花巻電鉄株式会社の電車線花巻グランド前停留所の北東方四、五〇米の箇所にあり花巻温泉野球場、同ゴルフ場の東側に隣接する略平垣な土地で、ほゞ、本件土地の北を花巻市街方面に通ずる(A)道路、その東端から分岐し南西方ゴルフ場附近に通じている(B)道路と右野球場、ゴルフ場の東側の線に囲まれた略三角形をなす地域であるが、本件土地買収計画樹立以前から右野球場周囲には高い土堤があり、その土堤の外側をめぐつて溝があつて外部との境界は明瞭であり、当時その土堤の東側から(A)道路に向つて五〇米位の間は元農事試験場の田の畦様なものがのびていたが、本件土地買収計画樹立に先立ち、開拓審議会が本件買収地域を適地と認め、当時稗貫郡地方事務所の農地課員であつた阿部輝一、高橋昭四郎両名が、控訴会社に連絡して立会を求めた上本件買収地域の実地に臨み当時未だ六四番の一〇原野、六四番の一二原野の各分筆の表示のなかつた土地台帳図面を参照し、控訴会社の社員伊藤作治、平賀某、被控訴人金等の立会を得、伊藤平賀の指示を受け、当時も現在とほゞ変りのなかつた(A)(B)道路の線を台帳図面の記載と符合するものと認め、右両道路の交叉する点を基点として(A)道路をほゞ西に向つて測量し、伊藤平賀両名は前記の田の畦様の線の南端附近にあたる野球場の土堤に登り(原判決図面2点はこの点に相当するものと認められる。)、そこから(A)道路を見通した線が右道路と直角に交わる点の現地に杭を打つた外、右両名の指示にしたがつて図面の4、5、7各点に相当する実地にそれぞれ杭を打つて買収地域を特定したことがうかゞわれ、六四番の一、一〇と六四番の二、一二との境界は必しも明らかでなかつたが、高橋昭四郎は買収しようとする実地の総体の面積を算出し台帳図面と合わせ按分比例して面積を割出したことを認めることができる。

控訴人は、本件買収土地中に岩手県稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の三の一部、原判決図面(イ)(ロ)8(イ)を順次連結した線で結んだ地域二八五・九五坪を含んでいると主張し、甲第九、一〇、一一号証、原審証人北田裕司当審証人阿部作兵エ・野中金次郎・晴山吉郎・小田中信吉の各証言をそう合すると、右事実の存在をうかゞわせるかのようでもあるが、右各証拠も、成立に争のない乙第一号証の一・二、第一〇号証、原審(二回)ならびに当審証人阿部輝一・当審証人高橋昭四郎の各証言、原審ならびに当審における被控訴人金敬芳本人尋問の各結果と対比すると、いまだ以て控訴人主張の右事実を証明するに足らず、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。本件買収地域の地積が合計一町八反五畝歩であることは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一二号証の一ないし七によると右買収地を売渡し又は国の保有している地域の地積合計が少くとも二町八反八畝一七歩を超えることが認められ、買収の際の実測のづさんを推認せしめるが、しかし、右事実も上段認定の事実と併せて考究すれば、いまだこれを以て本件買収地域の実地における特定を害するものというを得ない。

(2) 成立に争のない甲第三号証の一、二、第八号証の一、と乙第五号証の一、二原審(二回)ならびに当審証人阿部輝一、原審(二回)証人高橋昭四郎の各証言を併せ考えると本件土地の買収計画樹立前の昭和一三年に岩手県稗貫郡花巻町大字花巻第一五地割六四番の一、同上六四番の二はそれぞれ同上六四番の一、同番の一〇同番の一一、同上六四番の二と同番の一二に分筆されていたにかゝわらず、阿部輝一らはその分筆の記載のない土地台帳図面に基いて前記の実測をし阿部はその結果を記載した下書の図面を作成しこれには各測点間の距離等を記入したが、縦覧の慣例に従い、さらに右図面の各測点間の距離等の記載を省略した図面(乙第一〇号証)を作成して縦覧に供したことが認められ、右認定に反するような甲第七号証の一、二、原審証人北田裕司の証言は右証拠にてらし採用し得ずほかに右認定を妨げる証拠はない。しかし、右証拠に成立に争のない乙第七、八号証を併せ考えると、阿部輝一等は前記実測に際し、控訴会社の者の指示に従い右分筆前の六四番の一、同番の二、のほか同上六四番の三をも測量した上三筆とも上記図面(乙第一〇号証)に記入しこれを縦覧に供したところ、右六四番の三のみについて控訴会社から異議を申立て右異議が認められて右土地は買収より除外されるにいたつたこと、成立に争のない乙第一号証の一ないし三と原審ならびに当審における被控訴人金敬芳の供述を併せ考えると、昭和二一年五月二〇日控訴会社から同被控訴人が当時取締役副社長であつた有限会社理研栄養食糧岩手工場が稗貫郡花巻町大字花巻第一五地割字日居城野六四番の一、六四番の二、六四番の一〇、六四番の一二地内二町七反五畝二二歩を賃借し後同被控訴人がその借主の地位を承継したが、右賃貸借に際しては控訴会社の社員野中金次郎が現地を案内して区域を指示しこれに基き同被控訴人が測量士種市愛友に依頼して賃借実地を測量し図面(乙第一号証の二)をも作成させたことが認められ控訴会社が六四番の一、一〇、二、一二に分筆になつていたことを知つていたことは原審証人北田裕司の証言によつてもこれを認めることができ、本件土地は右二町七反五畝二二歩の一部を含むのであつて、控訴会社には上記図面の縦覧を以てしても本件土地につき買収計画が樹立されていることは容易に知り得たことが推認され、これに反するような乙第七号証の一、二原審証人北田裕司の証言部分は前記各証拠にてらし採用し得ず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうして、昭和二五年六月二四日本件買収計画書中買収地域の地番等を前記六四番の一〇原野のうち六反四畝歩、同六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩と訂正し、同様に訂正した買収令書を再度発行交付したことは当事者間に争がないが、成立に争のない乙第一三号証の一、二、原審証人伊藤剛の証言をそう合すると、昭和二五年六月頃控訴会社の申出により調査した結果右計画書の地番の記載に誤謬のあることを発見したため右地番等の表示を訂正したものであるが、その際控訴会社においては本件買収土地の面積には違いはないが地割地番のみ表示が実地と異るから訂正して貰いたいと申出たものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  以上のとおり、本件買収処分は無効であるということはできない。

三、すでに、本件買収処分を無効とすることができない以上、その無効を前提とする控訴人の国を除くその余の被控訴人に対する本訴請求は、控訴人のその余の主張事実の確定ならびに右被控訴人らの予備的主張の当否の判断をまつまでもなく、失当として棄却を免れないものといわなければならない。

第三、控訴人の被控訴人国に対する本訴請求の判断

一、控訴人主張の確定判決は、控訴人と岩手県知事を当事者とするものであるが、その既判力は当然被控訴人国に及ぶものであることは原判決理由に記載するとおりであるから右記載を引用する。したがつて、被控訴人国は、控訴人に対し本訴においても、右判決主文に記載するところに牴触して本件土地の買収処分が無効でないとする主張をなし得ないことはいうまでもない。

二、ところで、控訴人は本訴において被控訴人国に対し、右買収処分の無効を前提とし、控訴人主張の登記用紙の閉鎖の回復と所有権移転登記の抹消登記手続を命ずる判決を求めるものである。

そうして、控訴人主張のとおりの経過で、その主張のとおりの登記用紙の閉鎖および各登記のなされていることは当事者間に争がない。

そうすると、被控訴人国は、控訴人との関係のみにおいて考える限り、すでに本件土地の買収処分の無効を争い得ない以上、控訴人が右土地の所有権に基いて、右実体法律関係と矛盾する登記の是正を求める上記請求に応ずる義務があるといわなければならない。

しかしながら、控訴人の請求する被控訴人国の右登記用紙の閉鎖の回復及び移転登記の抹消登記手続については、控訴人主張の被控訴人金らの各登記との関係において別に考察を加える必要がある。

けだし、被控訴人国の右登記の抹消についても不動産登記法の適用があること勿論であり(自創法四四条、自作農創設特別措置登記令二八条)、被控訴人金らの上記各登記は国の右登記を前提とするものであつて、被控訴人金らは被控訴人国の右登記の抹消につき不動産登記法一四六条にいう登記上利害の関係を有する第三者であるといわなければならない。したがつて、被控訴人国は、右登記の抹消を申請するには、申請書に同人らの承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添付することを要し、これなき限り右登記の抹消登記手続をなし得ないものといわなければならない。

ところで、被控訴人国が右書面を獲得し得べき特別の事情は何らこれを認め得ず、却つて、本件訴訟の経過にかんがみれば、被控訴人国が右書面を獲得する見込はなく、国の右登記の抹消登記手続の履行はひつきよう不能であるといわざるを得ず、当裁判所は被控訴人国に不能の行為を命じることはできない。控訴人においてすでに右登記の抹消登記手続を命じる判決を求め得ない以上、これと独立して登記用紙の閉鎖の回復手続を命じる判決を求めることはできない。結局において控訴人の被控訴人国に対する本訴請求は理由なきに帰し到底棄却を免れ得ないものといわなければならない。

第四、むすび

以上のとおり、控訴人の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべく、これと同旨に出た原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて、民訴三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 小林謙助)

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